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2017.01.25 Wednesday | - | - | -
602号室と私。

名残惜しい624号室に別れを告げ、運ばれてきたのは602号室。
個室かとおもいきや、病棟唯一の2人部屋なのです。
正直個室は、金額も気になるし、めちゃくちゃ乾燥するし寂しいしなので
部屋のサイズは大部屋と同じなのに2床しかないという状況は結構気に入っておりました。
同室の人がいれば、そっちにナースもくるしね…きっと寂しくないよね、と。

で、先客ありでした。
正直、この一月ちょい、
私はコミュ障にもかかわらず、異様に当たりのいい人間関係を築けていたため
ちょっと調子に乗っておりました。同室の人に聞いても、ナースにきいても、
「花綾さんなら、どこいってもやってけるよー」といわれる始末。
そんな賞賛初経験ですよ!(賞賛?)
調子乗るあたりコミュ障だなこんちくしょうと思いますがそれはともかくとして、
とりあえず調子のっておりました。何度言った。
つ ま り
新しいところでも、仲良くやってけるとおもったんだよねー………

最初にお向かいにいた方の名前は、もう思い出せません。
なぜかどうも思い出せない…とりあえずHさんとでも呼びましょうか。
最初に部屋に来た時点で、Hさんのカーテンはきっちりしまっており、挨拶ままならず。
なので、私側のカーテンを、30cmくらいあけておいたのです。
何かの拍子に、挨拶できるように。
なんせベッド上安静、シャワー禁止、トイレは尿管、大はナースに車椅子で連れて行ってもらう
という状況なので、そこいらでばったり、「あらこんにちわ同じ部屋ですねうふふ」なんてのは無理っぽい。
せめて、ふと目があったときにでも、挨拶せねば!!人間隙間あいてると見たくなるもんだよね!
(どう考えても、最初の挨拶師損ねた事件がトラウマです)

で、そのチャンスがきたのです。
カーテンからでてきたHさん。あ。目が合った!行け!俺!
「こんにちわ〜」
「………」



無  視  か  よ  


目が実はあってなかった。
タイミングがずれてしまった。
実はHさんはまだカーテンのなかで、外に出てきたと思ったのは妄想。

ってことは、一切ありません。
あ、これはやばいな…とちょっと感じたのですが
まあまあまあ人と接したくないタイプの方もいらっしゃいますよね、うん、私が悪かった。
調子乗ってたキャっ恥ずかしい(*>ω<*) 

…てことで、その後時間をかけて、わざとらしくないようにそっとカーテンの隙間は閉めました。
それから残念だけど会話もなく、無事その方は出産されていきました…
ならよかったんですけどね!
いろいろ…あったんすよ………

↓以下いろいろ

・頻繁に誰かに電話なさる。それはいいんですが、その内容すべてがネガティブ。
 笑い声とか一度も聞いたことない。もう死にたいわ とか他人が信用できへんねん とか普通に言ってる。
・かなりの時間出歩いているため、常注点滴のバッテリーがすぐ切れてどこもいけへん!と怒っている。
 いや、あなた安静指示ですから…
 そのうえ、お出かけ中もすぐ充電できるように、充電ケーブルもう一個よこせ、と訴える。(却下される)
・朝の6時から部屋の入り口付近の廊下で電話。(扉はあけっぱなしが通常なので、廊下でも丸きこえ)
 内容はといえば、上の子が夕飯何食べたかとか。
・これは人の勝手だろ、なんですけど、電話が唐突に終わる。じゃあまたね、とか、バイバイとかない。
 捨て台詞吐くわけでもないけど、急に静かになるのでむしろびっくりする。
・ナースコール呼んでも、何も喋らない。押すだけ。「どうされました〜?」とか聞かれるのに。
・ほぼ毎日ご主人とお子さんが面会に来られるが、ほぼ確実に喧嘩になり結構な音量でバトル。
 途中からデイルームに移動。(←これはありがとう)
 基本的には面会はデイルームなんですが、二人部屋で4人部屋よりもあまってるスペースが多いので、
 この後入れ替わり立ち代り入ってきた患者さんも、結構ご家族まったり過ごされる方多かったです。うちもですけど。
・髪が洗えなくてイライラするねん…といつも言ってる。
 で、火水土とか月木金とか、決めて洗いたいとずっとナースに訴えている。
 名誉のためにいっときますが、ここのナースほぼ毎日「今日は髪どうしますか〜」とかきいてくれます。
 が、切迫早産患者とかは安静第一、子宮の張りとの兼ね合いもあり、洗えるかどうかはその日による。洗髪台の空き具合もある。
 結局二日に1回くらいは洗ってもらってましたが、そのやりとりの声にナースの疲労が垣間見えました。
 「ナースも人間ですからね〜」といったひともいたな…その人に、じゃないですが。
・ごくごく、私個人的な問題なんですが、すっごいすっごい苦手な、親戚のおばちゃんに声が似ていて、苦手感倍増。
 
言ってしまえば、私が一番大変でかわいそうなの!な人に見えました。
まあ、破水していつ生まれるかわからんし、けど週数まだまだやし…ここまで順調にきてたし上の子の時はめっちゃ普通に産めたしっていう心理ストレスのせいかとも思ったんですけど、最後のほうには、性格なんだろうなあと思いました。


正直、私が耳ざといのが悪いんだとも思います。
今こうかいてて、「え、何花綾ってこんな人のプライベートに聞き耳たててんの?怖っ!キショイ!」
っていう人もたくさんいるだろうなあ…と思います。ま、そのとおりなんですいませんごめんなさい。
でも、そういうひとは、きっと、ききたくないことを聞かずにいれるひとなんだろうなあ…
必要ない音、聞きたくない音は意識からシャットアウトできればいいんですが、
できないんです。且つ入ってきた情報を自分で考えてしまう。
でもって、体調もイマイチなせいかもですが、すっごい感化されやすくて
まー、簡単に言えば、人の話で自分が欝になる、的な。


マグセントで体しんどくて部屋から動けない状況で毎日毎日こういう音を聞いてたらね、
完全に病みましてね私。
耳栓かってきてもらったりとかしたんですけど、意味ないですね。
ちょっとずつちょっとずつ元気がなくなって、(ナース目線でも、花綾が元気がなくなってきてると見えたらしく、仲良くしていたナースのHSさんには「花綾さん、今一番しんどいのはなに?」と聞かれて、つい愚痴ってしまったり…)

ある夕方、限界に達したらしく、旦那がくるなり号泣しました。
「もうやだ…もう聞きたくない」
もー、いくらでも涙出てきましたね。

で、これはあかんと思ったらしく、旦那が、その日の夜勤担当ナースを捕まえて交渉してくれました。
そしたら、その後、お腹も張るしで、NST臨時でつけるのに、別室でどうですか、といわれ
行ってみたら、師長さんがいらしまして。
ああ、あの部屋でできない話をしようということなのね、と察しました。
結論から言えば、今日は無理だけど、二三日中にHさんを大部屋へ移動できると思うから
それまで耐えてくれるか、ということでした。

耐 え ま す と も 

勢い込んで答えそうになりましたが、泣きつつ安静にしつつ小一時間くらいお話してもらいました。
師長夕方から勤務だったらしいんですが、来るなり数人のナースに「津田さんがあああああ」ととっつかまったらしいです。
あははいろんな人に泣きつきすぎたか、ごめん師長さん。


数日後、無事にかわっていかはりました。
正直交渉に応じてくれるのか?あの人が?と思いましたが、さすがナースはプロですね。
すんなりすんなり移動していかれましたわ…でも、
この部屋は、重病の人がはいる部屋ですからね〜Hさん落ち着いてきてるし、大部屋行きましょうね〜と説明するナースに、
「私も十分重病人やけどな」
といったのが忘れられません(苦笑)


この日は、一晩誰もこなかったかな…
広い部屋は静かで、ナースもほとんどこないしでさびしいけど、かなりほっとできた日でした。
 
2015.04.21 Tuesday | 出産話 | comments(0) | -
624号室と私 トラブルダメ押し編。

6月2日。

この日が大潮だったかどうかはもう覚えてませんが…
あの頃、大潮超きにしてたなあ…
前に流産したとき、大潮真っ只中だったこともあり、毎月2回ある大潮にびくびくでした。
それはさておき、

この日は、夕暮れからやっぱり調子が悪く、
ずっとベッドで横になってました。
でも、今日夜勤です〜と回ってきたナースと会話できる程度には元気でしたが。

ずっと意識を体の中に向けていて、お腹の張り感知しようとしてました。
そんなとき、下腹部の奥で、なにかが、管のなかを、ツーっと動く感じがあったんですよね、
ほんの数秒。ん?と思った瞬間には、パチンとはじけたかのように、出口から出た感がありました。

頭の中が嫌な色に染まります。
よくておりもの、悪くて出血。
そう思って布団の中で下着を触ると、ああ、赤い。
でも、正直そんな焦ってなかったんですよね…私…

とりあえず、ナプキンつけにトイレいくかぁ…で、量確かめてからナースよぶかあ…

て感じで、部屋の横にあるトイレの前についたとき、
十メートルくらい先で、教授回診(毎日夕方やってます)中の主治医、T先生と目がありました。
教授はほかの人と話してたようで、手持ち無沙汰だったんでしょうか(笑)
「体調どうですか〜」
的な感じでアイコンタクトをくれたので、いやぁ…だめかもー的に首をかしげて返してみると
何か感じとらはったんでしょうか。こっちに向かってくるじゃないですか。
で、なんか出血してるみたいなんでナプキンつけようかと…と言うと
「いや、もうそれ診察室でしましょ、いきましょ」
と車椅子で連れ去られる(笑)

内診台前でズボンやらを脱いでる途中で、
ほんと、ドバドバっという感じで足の間から更に出血。これはみるからに大量で、
ようやく私も少々焦る。気弱な声で先生を呼ぶと
「うわっ大量やな、とりあえず座って、いいから座って」
内診開始。


結局のところ、出血は大量だったものの、胎児に問題もなく、破水してるということもなく
なんか先生曰く「魔法の粉」いれとかれて終了しました。
あとから考えれば、前置胎盤ゆえなんだろうなあ…
あと、ついに恐怖のマグセント点滴始まりました。ウテメリンも6Aマックスになりました。
「花綾さんは出血のエピソードが多すぎる」
とT先生がいうてはったのがちょっと面白かったのが記憶に残ってます。いや、そういう言い方するのかもだけど。

マグセント…
切迫流産早産妊婦の間で、恐怖の存在と語られる点滴です。
ナースのOさんが「妊婦殺しのマグセントw」といってました(彼女はマグセント経験者でした)
患者にそれいうか!という突っ込みはありますがまあ、彼女嫌いじゃないのでよしとする。

もちろん子宮の張りを抑えるために使うんですが、筋肉の収縮を抑えるという面にきくお薬なので、
子宮だけでなく、体全部が弛緩します。めっちゃだるいんです。
だるいって、動悸よりよくね?と思うかもですが、あたしは、ウテメリンのがまだましだったな…
ウテメリンと同じで、慣れるんですけどね…数日はひどかった…
腕の上げ下ろしどころか、パンツすら自分であげれない、なのに、清拭は毎日ある…
ナースにパンツあげてくれっていうのいやだったなあ…
なぜかめっちゃまぶたが重くて、光がまぶしい。これも筋弛緩の関係なんでしょうね。
とりあえず、横になって息をしているだけでせいいっぱいでした。最初の副作用はそれだけです。
入院生活の最後のほうには、これのせいでまたひと悶着あるんですが、それはまたあとで。

徐々に慣れて、まあ普通にもどったんですけど
どんどん張りを抑えることのできる薬の上げ幅がなくなってきているのに危機感は覚えます。
ウテメリンはもう6A20ml/hのマックス量はいってるので、これ以上増やせません。
マグセントは、10から始まって、20までしかあげられないので、上げ幅すくないです。
つまり、両方マックスになって、かつ張りがとまらなければ、出産です。何週だろうと。

この日で22週過ぎたところだったな確か…
22週で出産なんて…できればしたくない。胎児未発達にもほどがある。
術前説明のときに先生が
「32週超えたら旦那さん、高枕で寝られますよ!」
といっていたのを思い出す。ぜんぜん先だよ32なんて。
24.28.32とハードルこえるんだったけな…?

マグセントは22週からしか使えないので、うれしいやらかなしいやら…
あと、マグセントをはじめると、尿量計ることになります(この病院では)これ最初は地味にいやでした。
最後のほうでは計ってないと怖くなりましたがw
マグセントって、マグネシウムなので、血中濃度があがりすぎると母体にも負担がかかりやばいのですよ。
尿量が極端に減ったりするので、量を計測して様子をみつついくのです。

ま、とりあえず尿管いれられたので先の話なんですけどね!(泣)
出血おさまるまでは、尿管いれっぱです。
尿管の違和感ってはんぱない…地味に精神削られる…
それも最初、固定のテープはってあるものの、ぜんぜん固定されてなくて、動いて痛いし・゚・(ノ Д `)・゚・


この日は624に帰ってこれましたが、
翌々日あたりに、師長自ら、MFICUに移ってはどうか、と話にこられました。
やっぱりそうだよね、ああ、大部屋さようなら。ひとつきちょっと楽しかったよ。
大部屋にいたいけど、このしんどそうな様子をみんなにさらけつついるのも申し訳ない。
28週くらいこえたら、帰ってこられるかな?
そんなこと考えつつ、624号室をさりました。
 
2015.04.20 Monday | 出産話 | comments(0) | -
624号室と私。トラブル編。

624に移ってきてからの入院生活は楽しかった~!!
なんていうか、女子寮?みたいな感じです。女子寮すら初経験。
コミュ障の割に?いやむしろコミュ障だからこそ、そういうものにあこがれていました!!
24時間一緒なのでね、なんとはなしに話だして、なんとはなしに話し終わる。
家族間みたいな空気?心地よいような悪いようなww
同室の方は何人も入れ替わりましたが、皆さんよい方でした(*´ー`*)
大学病院という大きさゆえか、あんまり近場の知り合いはできませんでしたが、今もLINEでつながってます~。

あと大部屋の利点というか…ナースの滞在時間がトータルで長い。
4人部屋なので、私以外の患者に用があるナースや先生がひっきりなしにくるわけですよ。
なので、用を聞いてもらいやすいし、雑談もできます。
前の病室は、病棟内でも奥まったところにあったので
静かな反面、人通りが少なく寂しかったんですが、こっちはもうメイン通りの為、廊下をガンガン動いてはります。
点滴がピーピー鳴っても、ナースコール呼ばなくても、廊下から誰か来る…みたいな。助かりますぅ~

なんか、雑音を聞いてるのがすきみたいです私。

4月16日に624に移動して、それから6月2日までは、本当に平和でした~。


…と書いてから、妊娠中の日記をひっぱりだしてきたらば、そうでもない。
いや、けっこうトラブルは続いてる。
というわけで。今回はトラブル編です。つーか、唯一の記録である妊娠日記には、トラブルのことしかかいてなくてww
術後からちょいちょい子宮が張るようになり、当初「術後1週間もすれば張りも落ち着いて家に帰れる」なんてのは
夢のまた夢となり…もちろん入院続行です。
常時点滴でおさえるしかないのでね。この時点で、ウテメリン4A(4A×20/時間)という濃度になってました。


4月21日
内診してもらったら、またなにやら切迫早産の兆候が。
また保険のきかないたかーいお薬の開始であります。ミラクリッド。
あと、腸にいる菌も出たとかで、毎日薬を2個膣にいれることになりやした。
ま、その分担当の先生と話せるからいいけどね。

4月25日
この頃から、夕方に気持ち悪くなって夕飯が食べられなくなる、という症状が出始めます。
けして毎日ではなく、夕食直前までは大丈夫でも、数口食べてだめになるときも。
いまだにあれはなんだったのか謎。術後からここまでは、また普通にごはんたべれるようになってたのにね。
基本的に、吐くのが苦手な私。吐きたくないのですんごい我慢します。
でも、どうにもならなくなって、こみあげてきてこの日は吐いてしまった。
胃痛もあり、おなかの張りも結構あって、またウテメリン量あがるかしら…と心配するも、
できる限り上げ幅残しておきたい、という先生の意向で、今日はアップ無し。
おなかの張りを抑える薬は、ウテメリンとマグセントという2種しかなく、
マグセントは、22週以降しか基本適用できません。んでもって、マグセント、すんごいしんどいといううわさ。
できれば使いたくない…ってか、まさか、そんなしんどいことばっかりおこらんやろー。

このあたりから、前述した、TTTS疑惑がでてきました。
そう、双子の羊水量に差が出てきたのです。
まだTTTSと確定したわけではありませんが、1子が2.4cm、2子が8.2cm。ギリ。
このまま差が出続け、片方8cm以上、片方2cm以下という規定を満たしてしまうと
転院して、レーザー治療(手術)を受けなくてはならなくなります。
レーザー手術の適応は、妊娠26週未満。それ以上なら、もうお腹から出して新生児治療に切り替えることがおおいとのこと。
なんとか26週もってくれ…!もう手術は嫌やねん…!
毎日そればっかり考えてました。
ここから、週に2回エコーして様子を見ていくことに。

5月6日。
エコーの日。2子の羊水量90mmと、1子が20.9mm、ぎりっぎり。
来週あたり転院かな…と考え始める。
この日も夕飯が食べられず。

5月8日。
明日かと思ってたらエコーされた。91mmと30〜40mmでクリア。
少ないほう増えてるけどぬか喜び禁物。
心ささくれてるせいか、幼馴染からのラインもすごーくイライラしてしまう。

5月9日。
胃の不調が直らんので、アルサルミンにタケプロン追加。
妊娠初期にあれだけ薬嫌がってたのがなんのことやら。
夕飯はやっぱり進まなかったが、頂き物の春雨スープ食す。

5月11日。
ソケイ部あたりの子宮筋腫に、腹の上から触れるようになる。ひぃぃぃぃ。

5月14日。
点滴生活が長くなってきたせいか、なかなか点滴ラインがとれなくなる。
この日は、皮下にもれたらしく、手がクリームパンのようにパンぱんに。
夜中にナースステーションまで歩いていき、差し替えてもらう。
それでも痛くて寝れない。
最初は1週間近くもったのに、この頃には2〜3日のときもありました。

5月16日
エコークリア。80mmと40mm。羊水量増える時期だからか、ちょっと増えてる。
今日から21週!


5月18日
また手がクリームパンに。この日は昼食後からしんどかった。
もちろん夜も食べられず。

5月20日
エコークリア。80mmと30〜40mm。4D写真をとってもらったら旦那そっくり。

5月21日
消灯後に軽く出血。てゆっか、うすらピンクのおりものが…みたいな。
内診してもらう、超痛い。
子供元気、胎盤はがれるとかもなく。とりあえずウテメリンが5Aにあがりました…

5月22日
5Aにあがった割りに、動悸もしんどさもほとんどない。
2から3とかにあがるよりも劇的な効果を感じる人が少ないらしい。上げる意味あんのか。
体がウテメリンになれてしまってるのだね。

5月23日
ようやく性別判明。「半分以上の確率で、女の子」とのこと。

5月24日
旦那に買い食い勝ってきてもらって食べたせいか、夕飯後にしんどくなる。張りは少ない。

5月25日
風呂にはいるとお腹が張る気がする。
そして便秘傾向なのに、マグミットという薬のむと利きすぎる…

5月26日
低気圧のせいか、めちゃだるい。
胎内DV(胎動)も激しすぎる。腸の調子もわるし。
子宮頚管の長さはかるも変わりなし。3センチ強。よゆー。
ただ、カンジダ再発…ほんと、妊娠するとすぐカンジダになりやがる…

5月28日
また薄らピンクのおりもの。でも、目をこらしてみて微妙なレベル。
病院のトイレの明かりかなり暖色なのでよくわからない。朝まではあったが、そのあとなくなった

5月30日
よく張ったので夜にNSTモニター。ウテメリンアップはなし。
おりものはちょっと茶色になったか?



こんな感じで、6月2日を迎えました。長くなったので次にしよう。
2015.02.01 Sunday | 出産話 | comments(0) | -
624号室と私。

手術から2,3日たった頃。
とりあえず体も落ち着き、ごはんもすこしずつ食べられるようにはなり、
本来なら大部屋へ即移動だったんでしょうが…まだ個室暮らしをしておりました。
なんでかっつーと、おたふく風邪疑惑 だったからであります。

や、幼稚園でおたふくやったんですけど…?
なんか、耳の下が痛いわーとナースに言ったら、耳鼻科の診察やらで、
違うと思うけど用心のため一応検査して、結果でるまでに1週間かかるから、
と個室暮らしが延長されました。
まー、大部屋一回失敗してるからさ…むしろ気が楽だったんですけど。
ただ、個室だとナースたちも私に用があるときしかこないから、寂しいわね。

とかおもったら、検査結果でる2日ほど前に、フライング移動。やっぱり朝一で事前通達なし。
検査結果まだだけどいいの?ときいたものの、いいんちゃう~?な感じで…
日々の様子見てれば、熱も出ないし違うだろと思ったんかしらね。
ついに、また、大部屋であります。。。。。。。。

一番怖かったのは、前の部屋に戻らされること。
恐る恐るきいてみたらば、前とは違う部屋らしい。やった!!!!
今度は!なんとしてでもコミュニケーションをとるぞ!!!と意気込んで624というお部屋へ。
次の私の場所は左窓側。

今度はそれなりにカーテンがしまっているお部屋でした。
が、微妙な開き具合…
でもって、つくなり、NSTの機械つけていいですかーとかナースが言う!!
しょ、しょうがねえなあ…また、挨拶できないのかなあ…
と、ベッドに横たわり、機械をつけられて動けないこと30分。
なぜかお向かいの方が窓の外をみておられるのが、半開きのカーテンから見える!!
このチャンスをのがしてはならん!と一念発起して声かけました。
「鳥ですか〜?」


結論、たどたどしくも、交流成功!!!よかったーーーーーーーーー・゚・(ノ Д `)・゚・
その方とはその後1週間ほどしか同室ではなかったですし、その後も仲良しになったとかはないですが、
挨拶やちょっとした雑談はできたのでよかったです。
この方も入院長い組だったらしく、スペースがすんごいカスタマイズされていた…シーサーとかいた…

右となりの方には、うっすらあいた隙間に覗き込んで無理無理後挨拶。
「窓側暗いですよねー、うちとの間のカーテン、いつでもあけてくださっていいんで!」
この台詞、私の必殺技になりました…。
以前おかんの入院してたときに、窓際は暗い、とこぼしてたのを覚えていたので言っただけなんですが、
今後来る日と来る人にこの台詞いってたらば、いつの間にか、624は各々の意思でフルオープン部屋に。
カーテンを閉めるのは寝るときだけ。朝もおはようとともにフルオープン!昼寝も!ごはんも!
最後のほうにはNST中もあいてたこともあり…。
456月でね、エアコンまだだったので暑かったのもあるんでしょうね。
部屋に訪れるナースや先生に、皆のプライバシーは大丈夫かと心配される始末。
病棟イチ明るい部屋でしたわ…(カーテンでさえぎらないから)

そんな部屋になったおかげで、新しく入ってくる人とも皆仲良くなれました。
一歩踏み出してみるもんだな~。
 
2015.01.29 Thursday | 出産話 | comments(0) | -
手術と私

引きこもり生活を1週間ほど過ごし、
毎日毎日、見もしないテレビに向かってごはんを食べる生活に飽きてきた頃、
ついにシロッカー手術の日となりました。
(そう、病院きてからは、なぜかつわりが和らぎ、ごはんそれなりに食べれるようになってたんだよ。
やはり自宅のにおいがだめだったんだろうか…)

そこまでの経過は至極順調。
4月1日に、切迫早産の兆候がある、と出たというのはお話しましたが、
あれの経過しだいでは、手術も先延ばしになるかも?という懸念もあったんですが、
毎日毎日保険の効かないお薬を膣に入れてもらったおかげで
なんとか陰性になることができ、手術日を迎えました。

保険のきかないお薬、ミラクリッドというんですけどね。
私が保険きかなかっただけで、きくかもしれませんけどね。
別に、入れてもらうのも痛くもかゆくもないんですが、なーんかいやなもんですね。
用を足すときに、溶け残りがでてくるとかね。だけどこの先何度もお世話になった薬です。
微妙に嫌なもの。あとは、毎週同曜日に切迫早産予防のお尻に刺す筋肉注射とか…めっちゃ痛いわけではないけど、
なぜか毎週これの存在を忘れていて、朝「今日お注射ですよ〜」といわれると、あああああ…となったものでした。

それはさておき、手術日です。
結局一度もまともに喋れなかった同室の方々と朝さよならし、手術室へ。終わった後は個室に移動になります。

前日眠れて…たようです。特に記録ないし覚えてもないし。
剃毛とかもなく、ごめん、もうどうやって手術室はいったかもおぼえてない!!
夜9時から絶飲食で、むしろそっちが辛かった記憶はあります。
前日の麻酔科医の問診のときに、パニックになるといやなので、
お薬なんかつかってきもちよーくさせてもらえませんかーとゆうたら、
やはり、今の週数(14週頃)にはあまり使いたくない。使えないわけじゃないけど。
と、乗り気じゃないので、一応ヘッドホンして気を紛らわすことに。
CD、どれがいい?と、アムロとユーミンともういっこなんかを提示されたので
アムロを選んできき始める…が、
なぜかものっすっごい音とびが!!傷まるけなのかしら…途中から曲ですらなくなってきたので
先生に泣きつき、ユーミンに変えてもらう。
そしたらば…音とびはなくなったものの、曲が悪いわ…
『これからもっと辛いことがおきる』みたいな曲が流れ出す始末wwwむしろ嗤えてきたので
手術終わってから、これ向かないわーと言うだけいっておく。先生もわろてた。


正直拍子抜けなくらいでした…手術中は!
手術前に手術担当医に、痛いのかと問うたら、痛くないよーと言ってたけど、それはそのとおりだった。
麻酔かけてるからぜんぜん痛くない…が、
なぜかわたし、右足の麻酔の切れが異様に早く、手術終わる頃には、右足先ぜんぜん動かせるようになってて
そっちが怖いよ!ヘルニアもちのせいか、麻酔のかかりも悪かったと、麻酔科医がゆうてました。

その後ですよ…
部屋に戻ってから、おなかの下が痛い。つまり子宮が痛い。
手術したんだから痛いだろうと誰でも思うでしょうが、そうじゃない。
切って痛いとかじゃなく、なんかがかたーくて酷い生理痛に近い痛さ…
ああ、これが張りですか!!

初めて張りを知った瞬間でした。
入院してこの方、毎日30分NSTつけて張りを計測してたものの、ぜんぜんわからなくて
適当に張ったかも?と思ってたりしましたが、ぜんぜんちがうわ。そして、これわからんはずないわ…
て勢いで重痛い。
でもって、麻酔後なので体動かせないし、腰痛いし、気持ち悪くて吐くし、
張りがあんまり収まらないので、ついにきた張り止め薬ウテメリン常時点滴開始の副作用で動悸すごいし(脈130/分)
散々!
と言いたかった…
でもやらないわけにはいかなかったのでね…


ウテメリンのおかげで、張りもなんとなく落ち着きましたが、(でも常注は無くならない。ここから、出産まで。)
前日からの絶飲食のおかげでつわり再来(泣)
おなかはすいて食べたいのに、2口も食べると吐きそうになるという日々を数日過ごしましたとさ。

 
2015.01.09 Friday | 出産話 | comments(0) | -
602号室と私
最初の大部屋は、602号室になりました。

コミュ障の私としては、実はずっと個室にいたかったのですが…しょうがない。
お金は大事だよー。

ついにきたよーついにきたよー!今までこれが心配で身も知らぬ方の入院記やら
大部屋と個室の違いやらを調べまくってきたけども…特に有効な策はなし。
つまりは挨拶すればいいんだよね?てゆっか、誰に?誰から?カーテンしまってるよね
どういうタイミングで挨拶なんてするのさ?

とか若干(若干?)テンパりながら、朝イチで告げられた部屋へ、荷物と一緒に歩いていきました。
距離にして、数メートルってとこです。テンパりが解除されることもなく。

部屋に着くと、意外や、全カーテンが開いておりました。
それぞれのベッドに、計3人の先輩方。
とりあえず、会釈だけして、私のスペースになる、左手窓側の場所へいきました。
ナースが私のところのカーテンをとりあえずしめてくれ、
「荷物整理おねがいしますねー」
と出て行き、いわれたとおり、せっせと荷物をしまう私。
一通りセッティングを終え、はた、と我に返る。

『カーテン開いてたなら、さっき、「花綾です〜よろしくおねがいしますぅ〜」てやればよかったんじゃね?!!!』


ガーーーーーーーーン!!
カーテンしまってたならともかく、開いてたなら、千載一遇のチャンスだったじゃん!
すーんなりと部屋に溶け込む機会を!!なんてことだ!!!!

一度失敗してしまうと、もうあわわわとなってしまって、やりなおすなんてできません。
しかも、もう自分がカーテンの中にこもってしまった。どうやって出るよ・゚・(ノ Д `)・゚・

そんなことを考えていたら、ほかのお三人さんが、楽しげにされる会話が聞こえてきました。
あ…みんな仲いいんだ…
そんな、ところに、わたし…
入ってなんて………


いけるはずもなく。
この日から手術日までの1週間、カーテンはしめっぱなし、出入りするときに会釈はするけども会話はなく、
ベージュ色の幕の中で、丸々聞こえてくる楽しげな会話をギリリとうらやみ過ごしましたとさ(泣)

ほぼ毎日来てくれる担当看護師さんとの雑談と、旦那との会話が救いでした。
 
2015.01.09 Friday | 出産話 | comments(0) | -
入院生活と私 その1
ことが動くときは動くもので。
切迫流産の兆候アリといわれ、あれよあれよという間に病棟にあがってきた私。
まあ、ちょっと早く入院することになってしまったけども、
これで無力症の手術して落ち着けば、帰れるよなーと楽観視の私。

最初に用意されたのは、MFICUという場所の個室でした。大部屋あいてなかったし。
MFICUってのは、「Maternal-Fetal Intensive Care Unit (母体胎児集中治療室)」の略だそうです。
つまり、リスクの高い人とか重篤な病状の妊婦を集中してみるところですよっと。
あら、そういって書くとなんか俺すごいことになってるみたい(笑)
初めての入院、初めての個室。
入院前から、大部屋だと同部屋の方とどうやって接すれば…!と悩んでいたので、
個室で気楽でした。
部屋自体は、リフォームから年数がたってないせいか、とってもきれいです。広いし。
ピンクが基調のやさしげな部屋。トイレ、シャワー付。
…とはいっても、ビジネスホテルより少々狭い感じですが、病室ですしね。
すんごい音量の空気清浄器と、ソファベッド、椅子、洗面所、ロッカー、ってとこでしょか。
窓からは、対岸の病棟が見えます。眺めが良いとはいえぬものの、問題はなしです。
むしろ、なにか動くものがみえるほうが気がまぎれる。

以下タイムスケジュール

6時 電気点灯
7時 夜勤ナースが胎児心音聞きに来る
8時 朝食
9時 日勤ナースによる検温血圧等の後、NST装着。30分ほどモニターの刑。
10時〜12時 自由時間。
12時 昼食
13時〜14時 自由時間
14時 ナースの巡回、胎児心音チェック
15時〜18時 自由時間
18時 夕食
19時〜20時 夜勤ナースが巡回、胎児心音チェック
21時 就寝

って感じ。自由時間は、何もなければほんとに暇ですが、
お風呂が入ったり、先生の診察、エコー検査、なんぞもあるので、最初はそんな暇感はなかったです。
入れ替わりたちかわりくるナースを眺め、生活に慣れるのにせいいっぱいでした。
夜寝れないかなーとかおもったけど、まあ、まあ、ってくらいは寝られ、
手術までの1週間、普通に過ぎていきます。
つわりさえなければ、1Fのカフェやらコンビニやらいってもよかったんですが、
なんせ前通るだけで吐く始末だったのでね…。
そういえば、病棟や部屋のにおいは吐くことなかったなー。


が、やっぱりね、重症患者用の部屋なのでね、大部屋希望している患者は(…だって、個室代かかるから…1万3千円/日)
3日後くらいに部屋移動を言い渡されました。
いきなり朝くるんだよねー、なぜか。事前通達なしに。

ついにきた。大部屋での生活が始まります。



 
2014.12.08 Monday | 出産話 | comments(0) | -
妊娠糖尿病と私

そうそう。
実は妊娠初期の血液検査のとき、血糖がひっかかっていたのです。
数値としては、91。90以下ならクリアだったそうですが…1over。
1でもオーバーはオーバー。覆りません…
なので、3月中にOGTTと呼ばれる70gブドウ糖負荷検査を受けておりました。
空腹時血糖値、1時間後血糖値、2時間後血糖値をはかり、推移をみるわけですが、
空腹時血糖値だけひっかかり…


さて。じゃあ花綾はもともと糖尿病だったのか!
というと、そういうことではありません。
妊娠以前の健康診断での血糖値、およびHbA1cは、問題まったく無しでした。
妊娠糖尿病とは、妊娠をきっかけに糖尿病が発覚した場合と、
妊娠のせいで糖尿病の状態になっている場合とあります。
多いのは後者です。後者は、妊娠終了とともに、ぱたっとこの異常値はおさまります。
ですが、将来糖尿病になる可能性は高いそうです。
詳しくはこちら→http://www.jsog.or.jp/public/knowledge/ninshintonyobyo.html

妊娠が理由で糖尿病状態になっているのなら、ほっといていいのかというとそうではありません。
むしろ妊娠中の糖代謝の基準値は、非妊娠時の基準値よりもとても厳しく、
それをクリアできない場合は、最初は食事療法、それで収まらなければインスリン投与となります。
なんせ、母体と子供両方にリスクが高くなる病気なので厳重なコントロールが必要なのです。
で、糖尿病内科の診察を受け、もしかしたら、インスリン治療の勉強するために入院してもらうこともあるかもー
とか聞いていた矢先の、切迫流産による入院。
手間が省けたというかなんというか…

これまた、本当に妊娠終了まで続きました。
私の妊娠生活、しんどかった半分の理由はこれです。
毎食前食後、一日6回計る血糖測定がストレスでストレスで…
何を食べてあがるか、というのは人によって違います。
お米であがるひともいれば、甘いものであがるひとも。私の場合最高に急上昇したのは、中華麺でした。
こっそり2口ほど食べた冷やし中華で、180くらいだしたもんなあ…
てゆっか、何食べようが、少なかろうが、高いときは高いんです。
食べると血糖がまたオーバーしてしまうかも…インスリン増えるかも…という意識がはたらいてか、
だんだんご飯が食べられなくなっていきました。
インスリン増やすと、なぜか調子崩すことが多かったのです。吐き気とか。
ご飯たべないことも、子供には悪いとわかってはいるものの、食べられない。
正直、太ってるおかげで、子供たちになんとか栄養は行ったわけですが…
太っててよかったと思ったのは初めてですわ。
最後のほうは、点滴に混注+インスリン注射というフル装備に。
ある一時は低血糖を起こしたりもして、糖尿病内科の先生にひとしきり文句いってみたものの
「…本当に、わからないです…」という返答がくる始末。
もう散々だった…
あ、先生がひどいとか、そういうことじゃないですよ。
私の症状が謎過ぎたのです。


そして、産んでから1ヵ月後にまたOGTTしましたが、全くの通常値。
インスリンが大量に分泌されて、無理無理通常値に押さえ込んでいる、ということもなく
めっちゃふつー。という結果に。

詳しくはまたおいおい話に盛り込みますが、
一時はインスリン37単位を点滴に混注してたのに…と人体の不思議に呆けるばかりです。
 
2014.09.18 Thursday | 出産話 | comments(0) | -
入院と私
子宮頚管無力症の疑いがあるから、前の先生にきいてみますね、
という流れになってから、1〜2週間後だったかしら。
結局のところ「無力症だった可能性あり」との返事がきたらしく、手術決定となりました・゚・(ノ Д `)・゚・
14〜16週あたりでの手術が効果的らしく、4月9日から入院して、4月10日にシロッカー法にて手術だそうです。
あーあーやだなーやだなー
でも、まあ、1週間くらいで落ち着けば退院できるだろうし、がんばるかあ…
と思って話を聞いていたらば、T先生がぽつんといいました。

「まー、わたしの場合(二人称が『わたし』という先生でした)家でゆっくりできるのは今のうちだけかもねえ…」

あらやだ何ゆうの先生ってば、不吉なことをやーねえ、と聞き流したんですが

予言的中でした。


そのまた後日。忘れもしない4月1日。
入院予定の一週間前に診察きてねー、といわれていたので、せこせこ行った私。
そこでかるいー気持ちでゆったのです。

私 「最近なんかおなかが微妙に堅いきがするんですー」
先生「あっはっはこんな週数で張るってのもないとおもいますけどねー、とりあえずまーおまけで検査しときますかー」

…数分後


先生「切迫流産の兆候がでてます。ハイ、入院です。」

即日入院。
明日でもいいけど?といってはくれましたが、むしろ当日そのままのほうが家的な都合もよかったので
その日のうちに入院いたしました。
さようならさようなら当分我が家とはお別れです。
毎年楽しみにしていた、お向かいさんの桜は見れませんでした…。

たくさんの書類とともにあげられた病棟は、
ピンク色を基調とした明るくきれいなところでした。
初めての入院、手術。ただでさえコミュ障な私にはドキドキ不安ばかりです。
そんな心境でとりあえずナースステーション前で待たされている中、

「あれー?なんかみたことあるー」

と私からすればまったく見覚えのないきれいなおねいさんが、間の抜けた台詞で現れました。
これが、この先5ヶ月近く、そして産後も色々とお世話になる、担当看護師、Mさんとの出会いでした。
 
2014.09.18 Thursday | 出産話 | comments(0) | -
大学病院と私。

三度目の、診察のときでしたか。
個人産院にて、女先生に言われました。

「双子だし、筋腫合併妊娠だし、ここでは見きれないから、もっと大きな病院行ってね(*´ー`*)」

要約するとこんな感じで(汗)もっと感じよく言ってくれましたけどね。
個人病院で、美味しいご飯と、素敵マタニティ生活を過ごす予定だった私には寝耳に水でした。
で、どこにする?AとかBとかCとかDとかEとかあるけど?
といわれても、結婚してからここに住みだした私には、どこが良くて良くないのかわからない。
ので、そのなかから一番近いと聞いたことがある病院はどうか、と聞いてみたらば、
ここいらの産科で何かあったら結局そこに搬送されるしねー、と言うので、じゃあそこで、と即決してみました。
2月末からは、D病院にお世話になることに。
個人院、先生優しかったし、ナースも丁寧だったし、ごはんも美味しいらしいし、色々もらえるらしいし楽しみだったけど…
D病院、診察費は安い、という情報だけが、この時点で心の支えでした…。


で。

2月末。D病院初受診。
思ったよりも大きくて、思ったよりも山奥で、思ったよりもきれいでした。
なにやら、改装して数年だとの事。
タリーズとかあるし、売店は普通のローソンだし、待合もきれい、トイレも沢山ある。
まあ、でも、設備のきれいさなんて二の次だしなー…やっぱりNICUがあって腕がいいと評判の他病院とかのがいいかなー…(と、この時点では思っていた)
てゆっか、匂いつわりで、タリーズの匂いがやばい。受付は旦那に任せ、吐き気抑えて3階の産科に一目散な始末。
ローソンの前の中庭で吐いて、研修医に心配されたりもしたな…看護師さんがビニ袋もって駆けてきたりしたな…
外来は匂いがなく、落ち着いていられたのが幸いです。

今度の先生は、若い男性でした。若いっつっても、40前後くらいか…
ぼっちゃんぽい外見で、背は高くひょろっとしたT先生。
産科の男先生にはなれてますが、真面目そうでとっつきにくいかしら…とちょいと不安にもなりました。
が、話し出すと意外とよくしゃべる。
さっき受付でみたおっさん先生よりはよかったわー(その先生も後日とても良い先生とわかったのですが)
最初にT先生が話し出したのは、こんな話でした。

「自然妊娠で双子?不妊治療とかでなく?すごいなー!…で、筋腫もでっかいね…」
双子妊娠ってのは、とにかくリスクが高いんです。
「最低でも32週からは管理入院です」
「入院っていったら、入院。そうするしかないから入院なんです。自覚症状もないことも多いので嫌がる人も多いですが、もうそういう問題じゃないんです。家に上の子が…とかあるとはおもいますけどね、じゃあお腹の子はどうなんだって話でしょ。入院する必要があるからそう告げるんであって、嫌とか困るとかいう次元の話じゃないんです。だから、入院っていったら、即入院。です。」
…以前になんか入院トラブルでもありましたか先生(汗)

そのなかでも、一番丁寧に熱心に説明してくれたのが、
双胎間輸血症候群(以下TTTS)に関することでした。

そもそも私の今回の妊娠は、一絨毛膜二羊膜双胎(以下MDツイン)
と呼ばれるものになります。
いわゆる一卵性ってやつなんですけど、医学的には色々と細かく定義があるらしく…
簡単にいうと、ひとつの卵の中身が二つの部屋に分かれており、それぞれに胎児がひとりずつはいっていて、
けど、胎盤はひとつで、胎盤からそれぞれに線がでて胎児につながっているもの、になります。
二絨毛膜双胎(以下DDツイン)とは、いわゆる二卵性になります。卵もふたつ、胎盤も二つ、です。
もいっこ、
 一絨毛膜一羊膜(以下MMツイン)というタイプもあります、卵のなかで部屋がわかれておらず、
かつ胎盤も1こ。

ハイリスクな順番としては、MMツイン>MDツイン>DDツイン となります。

TTTSとは、MMツイン、MDツインにしか起こらない病気です。
ポイントは、胎盤を二人(三つ子なら三人ですが)が共有していることにあります。

 

○「双胎間輸血症候群(TTTS)」とは、
1つの胎盤を共有している双子に起こる。胎盤において2人の胎児の間に血管のつながり(吻合血管)があり、
この血管によって双子に慢性的な血流のアンバランスが起こり、引き起こされる病態である。

 

○血液を送る方(供血児)は、貧血、低血圧、乏尿、羊水過少、胎児発達不全、腎不全を起こし胎児死亡に至る。

 

○血液を受け取る方(受血児)は、多血、高血圧、多尿、羊水過多、心不全、胎児水腫を引き起こし胎児死亡に至る。

 

○妊娠中期に発症した場合は、治療されないと児の死亡率がきわめて高く、
また生存しても脳神経障害を残す可能性が高い重篤な疾患。

 

○重症度分類は5つに分けられ、
「Stage詰喊絏畭拭Σ畩(8cm以上かつ2cm以下)、
Stage橋〃貉の膀胱が確認不可能、
Stage轡疋奪廛蕁式枉鐔蠍、Stage限杙水腫、
Stage坑瓜死亡」となり、重症度が進行するほど一般には予後は不良。


上記はhttp://ameblo.jp/yuimingo 様から引用しました。



現時点では、TTTSを発症するかどうかはわからない。
こまめにエコーで見てはいくけれども、急性TTTSというものもあって、
3日程度のうちに急変することもある。
母体としての自覚症状もほとんどない。妊娠週数が増えていくほど、胎動などの有無でわかりやすくはなるけれども…
とのことでした。
もし、TTTS発症したらば、レーザー治療をする必要がある。
全国7箇所しかない、レーザー治療ができる病院に転院し手術となる。


でもまあ、双子妊娠のすべてがそうなるわけじゃないしー。
と、現時点、つわりよりしんどいものなどあるか、という気分だった私は超楽観、
そんなしんどいことばっか起こるわけないわー的な。
とりあえず手術の適応をはずれる26週まで、腹に「がんばれよー」と声かけることだけが私にできることです。


そして結果的に、私はTTTS発症しませんでした。
が、4月の末には、それまで同じくらいだった羊水量がアンバランスになり、
「TTTS疑い」という状況で17週くらいから生むまでこまめにエコーで見てもらっていました。
週に2回、ある一時期に関しては毎日エコーをし、その前日の「明日はもしかしたら転院になるかも…」という
ストレスは食欲に直結しており、吐き気でごはんたべられなくなって周囲を心配させたものです。



TTTS以外にも、どうやら私は、「子宮頚管無力症の疑い」でもあるようでした。
前回の流産の経緯をT先生に話すと、前回かかっていた医者に手紙で確認してみるとのこと。


子宮頚管無力症は妊娠中期以降の切迫流産・切迫早産の原因のひとつです。
子宮頚管というのは、内子宮口と外子宮口を結ぶ管腔のことで、通常4センチ程度の長さを保っているもので、
妊娠中はしっかりと閉じてお腹の赤ちゃんを支え、分娩時には開口して産道になるという柔軟性に富んだ部分です。

子宮頚管無力症と言うのは、妊娠中期以降に、
陣痛(子宮収縮)を伴うことなく、この子宮頚管が開き子宮口が開いてしまうのです。



切迫流産・切迫早産.comさんから引用
http://seppaku.com/factor/muryokusy/←詳しくはこちらなどで。

これは病気…というよりは体質的なものらしいのです。
かといって、例えば2回妊娠したとして、1回目に無力症になったとしても、2回目になる可能性は高くても、
かならずしもなるわけではない…という不思議なもので。
医学的には、なるかどうかわからない、けど、だからといって、可能性があるものをほっとく訳にもいかない。

…てことで、これまた、手術であります・゚・(ノ Д `)・゚・

しかし、
「まあ、でもそんなことばっか起こるわけないやろー手術もせんですむやろー」
と思って帰っていった私でありました(苦笑)

 
2014.08.30 Saturday | 出産話 | comments(0) | -
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